東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)7号 判決
一 前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立、その謄本の送達にいたる特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の存否について判断する。
(一)本願発明の要旨に成立に争いのない甲第一号証(本願特許出願公告公報)を総合すると、鋳物又はインゴット形成中の溶融金属は冷却するにつれて収縮するため、これに溶融金属を補足しないと、形成される鋳物又はインゴットに亀裂、空孔ができるので、例えば、鋳物自体よりも多量の金属を含有する金属ヘッド(補足用溶融金属)を設け、これによつて必要な補足を行えるようにするが、従来、この金属ヘッド(補足用溶融金属)の量を節滅するため、金属ヘッドを耐火粘土等の耐火材で囲み、これにより断熱すなわち熱損失から保護する方法がとられてきたこと、そして、本願発明はさような方法に関し、注入される金属ヘッドを囲み前記のような耐火材で成る鋳型もしくはその上部のヘッドボックスの内側に施こす内張りであつて、これが後記のような表面層の有無にかかわらず、溶融金属の上部を包囲するようにするため、あらかじめ適当な形状例えば、套管あるいは板状体に形成され、また、少なくとも二重量%の耐熱性填料を含む繊維質材料の内張層によつて組成され、かつ、ある割合の耐熱性繊維を填料として含んでいる耐熱性材料によつて作られた表面層(溶融金属を注入する間、これに面している層)を備え又は備えない構成をとり、注入される溶融金属によつて燃焼しても崩壊することなく套形を保持し溶融金属の断熱効果を奏するものであることが認められる。
これに対し、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例の断熱用カバーは溶融金属の頂部を放つておくと,これが冷却するにつれ、その表面に外皮が張り広がり、もともと溶融金属に凝固のため生じる収縮孔に供給する以上の余剰溶融金属で補完する必要が生じるので、溶融金属の頂部の表面をカバーして熱損失を抑えることに関し、従来から存する技術を改良した平板状のものであつて、その下側に担持された断絶材料を溶融金属の熱に感じて放出し、これを細かく分散された灰その他の非融解物質の形で溶融金属の表面に直接堆積させる構成をとることこれを補説すれば、その断熱用カバーは鋳型内の溶融金属の上に、いわゆる落し蓋のように落して使用される平板であつて、上部層、中間層及び下部層の三層から成り、その中間層は不燃性繊維及び不燃性結合剤を含有し、平板に強度を与える働きをし、その上部に粘結された上部層はかなりの割合で配合される断熱材料として自然状態のひる石を含有し、これが溶融金属の熱により縦横方向に膨張して平板の端部と溶融金属上部(補足用溶融金属)を囲む壁との間隙を有効に密閉し、中間層ととももに、冷却して収縮する溶融金属の上に架橋状に残つて断熱効果を挙げ、また下部層は中間層の下側の比較的厚い被覆として設けられ、可燃性もしくは不燃性又は両方の充てん材を含有するとともに熱で破壊される結合剤を含有する比較的不融解性の材料で組成され、溶融金属の熱を受けて崩壊し、冷却して収縮するにしたがい下降する溶融金属の表面に直接、断熱材料として堆積して断熱効果を奏するものであることが認められる。
以上によれば、本願発明は鋳型又はインゴットに入れた溶融金属を熱損失から保護することを目的とする点において、引用例のものと異ならないが、その効果を挙げるのに、引用例のものと著しく構成を異にするものというべきであつて、これに抵触する被告の主張はすべて採用することができない。
(二)なお、前出甲第一号証によれば、本願発明は右構成により、(イ)耐熱性繊維質填料が鋳型に溶融金属が注入される以前には内張りに強度を付与し、その後には溶融金属の温度によつて焼きつくされる時においても残存材料を套形その他あらかじめ形成された形状に保持し、また従来技術によれば内張りの粒子によつて、鋳型の砂が汚染されていたのを最小限に防止し、(ロ)溶融金属の注入後、内張りを崩壊することなく鋳型から取り除くことができ、(ハ)粒状填料が内張りに硬い表面を提供するため溶融金属が内張り層にしみ込むのを最小限に止めることができるという作用効果を奏すること、引用例のものの構成に照すと、右作用効果は引用例のものからは、とうてい予測しえないものであることが認められる。
(三)してみると、本件審決は本願発明の内張りが引用例の断熱用カバーとその構成を異にし、これに基づき引用例の予測し得ない作用効果を奏するものであるにかかわらず、この点を看過誤認したため、本願発明が引用例に記載の事項から当業技術者の容易に推考し得る程度のものと判断し、これに基づき法定の特許要件を備えないものとして、その特許を拒絶すべきであるとした違法があるというべきであつて、取消を免れない。
三 よつて、その取消を求める原告の本訴請求を理由があるものとして認容することとする。
原告訴訟代理人は本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
(審決の成立ー特許庁における手続)
一 原告(昭和三十五年十月五日旧商号フアンドリー・サービセス・インターナショナル・リミテツドを変更したものである。)は名称を「インゴツトと鋳物の製造法」(後に、「金属鋳型ヘツドの内張り」と訂正)とする発明につき、昭和三十三年十一月二十六日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三十四年十一月二十六日特許庁に特許出願をしたが、昭和三十六年二月九日拒絶査定を受けたので、同年五月十二日抗告審判を請求(昭和三六年抗告審判第一三二五号事件)したところ、特許庁はその審理中、昭和四十一年七月四日出願公告(特許出願公告昭和四一年第一二、〇八八号)をし(これに対しては昭和化成品株式会社から特許異議の申立がなされた。)こえて昭和四十五年八月十四日「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年十月七日原告に送達された(これに対する出訴期間として、三か月を附加された。)。
(発明の要旨)
二 本願発明の要旨は、次のとおりである。
金属の鋳物又はインゴツトの鋳型のヘツドのための、あるいはこのような鋳型上に設けたヘツドボツクスのための内張りであつて、少なくとも二重量%の耐熱性填料を含む繊維質材料の内張り層から成り、かつ、耐熱性材料の表面層を備え又は備えず、その耐熱性材料はある割合の耐熱性繊維を填料として含むことを特徴とする内張り。
(審決の理由の要点)
三 そして、右審決は次のように要約される理由を示している。
本願発明の要旨は前項のとおりであり、その骨子は鋳型ヘッドの内張り層として少なくとも二重量%の耐熱性填料を含む可燃性繊維質材料を用いた点にあるものと認められるが、本願出願前公知の刊行物である米国特許第二四六二二五六号明細書(以下、「引用例」という。)には鋳型ヘッド部の内張り層としてアスベストのような不燃性繊維に発熱性填料と岩綿、砂のような不燃性填料とを併せ用いることが記載され、その不燃性繊維及び不燃性填料は本願発明にいう耐熱性填料に相当し、また、発熱性填料は本願発明にいう繊維質材料に相当するものと認める。そして、引用例の内張り層自体は本質的には耐熱性材料であつて、「繊維質材料」が填料として用いられていることからすると、「耐熱性填料」は「繊維質材料」に対し、本願発明の構成要件にいう「少なくとも二重量%」に相当する割合だけは自ら存在するものであるうえ、その数値は、本願発明の詳細なる説明によると、単に、その任意的な付加条件である「表面層」と関連における最低含有量であるから、それだけでは新規な発明を構成するものとは認められない。また、引用例において「耐熱性填料」を用いる目的も鋳型ヘッドの内張り層の強度の向上をはかるという引用例の発明の目的に沿うものであつて、本願発明の「耐熱性填料」を用いる目的と格別異なるとは認められない。このように、鋳型ヘッドの内張り材として可燃性の繊維質材料と耐熱性材料とを併せ用いることが本願出願前から知られていた以上、本願発明のように本質的に可燃性の「繊維質材料」からなる鋳型ヘッドの内張りに少なくとも二重量%の耐熱性填料を含ませる程度のことは鋳型ヘッドの内張りの構成技術上容易にできるものと認められる。したがつて、本願発明は引用例の記載事項に基づいて当業技術者が容易に推考することができるものと認められるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条に規定する特許要件を具備するものと認められない。なお、このことは本願明細書の発明の詳細なる説明につき原告(請求人)が提示する訂正案によつて左右されない。
(審決の取消事由)
四 しかしながら、右審決は次の理由によつて違法であるから、取消さるべきである。
(一)引用例は溶融金属の頂部表面上に置く断熱用カバー(ヘツトカバー)の特許に関するものであつて、本願発明の内張りとは、その発明にかかる対象物件を異にする。すなわち、引用例のヘツドカバーは鋳型あるいは鋳型のヘツドの構成部分ではなく溶融金属を鋳型に注入後、その溶融金属の頂部にに落して用いる、いわゆる落しぶたであるのに対し、本願発明の内張りは鋳型のヘツド部分の内側あるいは鋳型上にもうけたヘッドボツクスの内側に附着させて用いられるもので、いわばその構成部分である。右審決は引用例に鋳型のヘツド部分の内張層としてアスベストのような不燃性繊維に発熱性填料と岩綿、砂のような不燃性填料とを併せ用いることが記載されていると認定しているが、引用例にはヘツドカバーに関し「アスベストの如き不燃性繊維」をその中間層に、「発熱性填料」を下部層に、また、「岩綿、砂の如き不燃性填料」を下部層に入れるという趣旨の記載があるだけで、本願発明のような内張層に関する記載はない。したがつて、右審決が引用例に本願発明の内張りの記載があるものと認定し、これを前提として本願発明をもつて引用例から容易に推考しうるとしたのは誤りである。
(二)また、本願発明の内張りはその構成において引用例のヘツドカバーと異なり、これに基づき引用例の予測し得ぬ作用効果を奏すること、以下のとおりであるが、右審決はこれを看過誤認して本願発明をもつて引用例から容易に推考しうるとした。
1 引用例のヘツドカバーは上部層、中間層及び下部層の三層により構成された平板状のものであり、その中間層は平板に強度を与える作用をし、その組成としては、ある程度変化させることができるがそれ自体燃焼することのない不燃性繊維例えばアスベスト、不燃性充てん物及び不燃性結合剤を含有し、その全部が緊密に混合、成形、乾燥されたものが好ましく、上部層はその中にかなりの割合で断熱材料が、それも好ましくは熱の影響で著しく膨張する断熱材料が配合され、溶融金属自体には接触しないが、その熱により膨張しヘツド部分の壁の間隙を塞いで断熱効果を果たし、また、下部層は第三層を形成する比較的厚い被覆を有し、溶融金属の熱を受けた後、崩壊してその下側にある溶融金属の表面上に堆積し、その状態で断熱することができるものなら、どのような材料でもよく、可燃性もしくは不燃性の充てん材だけ又はその両者を含有し、かつ、例えばピツチ、油、とうもろこし粉、にかわのような熱で破壊される結合剤を含有する比較的不融解性の材料で組成されるものである。
2 これに対し、本願発明は少なくとも二重量%の耐熱性填料を含む繊維質材料で組成される内張層であつて、その可燃性の繊維質材料は溶融金属に接触し、その熱を受けて燃焼しても、崩壊することなく套形を保ち、溶融金属が内張層にしみ込むのを最少限に止め、これにより溶融金属の温度を保持し、またその汚れるのを防止し、内張層自体の熱膨張によらず、耐熱性材料の表面層で同様の目的に役だつものを備え又は備えないでなるものである。
3 右のように、引用例のヘツドカバーは本願発明の内張りとその構成及び作用効果を全く異にする。
そもそも、引用例のヘツドカバーは溶融金属の上部から熱が逃げるのを防止することを目的とした発明であるが、溶融金属を入れる鋳型の側壁に使用される半永久的耐火物ライニングが非常に高価なため、その寿命を延ばすことが要望され、これに答えたのが本願発明の内張りであつて、それは溶融金属を入れる鋳型の側壁に使用する耐火物ライニング上に附着させ、一回ごとに取り換えて使用することによつて耐火物ライニングの寿命を延ばしたものであるが、同時にこれを組成する安価な可燃性繊維質材料が燃焼する過程において引用例のヘツドカバーにみられない前記のような作用効果を奏するようにしたものである。
4 右審決は引用例において耐熱性填料を用いることの目的が本願発明において耐熱性填料を用いる目的と格別異ならないというが、引用例には耐熱性填料固有の使用目的及び作用効果の記載がないが、これに対し、本願発明における耐熱性填料は溶融金属が注入される前には内張りに強度を与えるなど前記のような作用効果を有するものである。
また、右審決は引用例においても、その構成からみて耐熱性填料が繊維質材料に対し本願発明の構成要件にいう「少なくとも二重量%」に相当する割合だけは自ら存在するというが、元来、耐熱性填料使用の割合は鋳造すべき金属によつて異なり、アルミニウム又は軽合金の場合は二重量%、銅を基体とする合金の場合は七十重量%、鉄の場合は八十重量%を必要とするところ、本願発明においてはその最低重量%をもつて特許請求の範囲としたのであるから、その数値は臨界的意味の重量%であつて、重要な意義を有し、引用例の耐熱的填料の使用割合が自らこれに相当するというようなものではない。なお、右審決が右数値を単に任意的な付加条件である「表面層」との関連における最低含有量であるというが、これが当らないことは本願明細書に「表面層を有しない繊維質材料の内張りの場合に、アルミニウム又は軽合金のような低融点金属又は合金を鋳造する際に、少なくとも二%重量はなければならぬ」と記載されていることから明らかである。
(三)右審決は以上の点の誤つた判断に基づき本願発明が法定の特許要件を備えないものとして、その特許を拒絶すべく結論した違法がある。